レオナルドTOSHUの「遊びがNight」 FMラジオ《NACK5》にて毎週土曜日10:30pmより放送中!



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2011年4月2日 「番組から東日本大震災に寄せて」




東日本大震災におきまして、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災されました皆様、そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。未曾有の震災に直面した私たちは、今後なにをどうするべきなのか考えました。また、後半は以前番組にゲストに来ていただいた、気仙沼在住のシンガーソングライター「熊谷育美」さんと電話を繋ぎました。

クリックすると、番組の音声をお聞きいただけます
NACK5詳しくはこちら


「今日のTOSHUさん」 by Roni


Roni
番組でも話した通り、収録でお届けしているので、
東日本大震災以来、TOSHUさん、スタッフと会うのはこの日が初めてでした。
この間、東北地方にガソリンや物資を運んでいたTOSHUさんは言いました。
「お見舞いを言うのもいいが、動くことではないのか」と。
TOSHUさんのように、東北へ行くことだけが動くことではありません。
自分なりの動きを忘れないでください。
そして、気仙沼から電話インタビューに応えてくれた、熊谷育美ちゃん。ありがとう。


大震災後、初めて顔を合わせたTOSHUとRoniが、
いま私たちにできること、すべきことを語ります

いち早く東北の被災地へ

レオ  東日本大震災におきまして亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、
被災されました皆さんご家族の方、心よりお見舞い申し上げます。
皆さまの安全と一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます…
というふうに番組で申し上げるのが本当に辛いぐらいに、この3月11日からね、
映像、新聞…五大新聞とってますけどね、毎回悲しい物語があってね。
Roni  はい。
レオ  でも、そういうふうに思うのとか言うのはいいんだけれどもね、
僕はもう人間というものの真心の究極というのは、実行力だと思ってるんで。
14日からもう、義捐金を待ってたらタイミングが外れるんで、トラックは出発しましてね。
こういう時に一番困るのは何かというと、自治体とか民間とか自衛隊とかいうのは、
基本的な食糧、水、パンとかおにぎりとかね。
しかし、3日目4日目以降から何がいるかというと、
老人性オムツ、子どものオムツ、粉ミルク。
それから、離乳食、生理用品。あと意外に下着、シャツとかね。
Roni  うん、靴下とかねえ。
レオ  靴下とかね。そういう物がなくてね、スーパーもコンビニも困ってるから、
細かくそういう物を揃えて、14日からもうトラック出発してね。
で、あとゴジラ隊っていうのを作りましてね。
Roni  えっ?
レオ  ゴジラは、放射能で強大化して電気食べていったんで、科学的なモンだったら、
「こんなのに負けるな!」っていうことで。原発から25キロ以内近くの辺りとかね、
あの辺りでは、もうね、初めて来た救援隊ということでね、
Roni  行かれたんですよね、実際TOSHUさんたちねえ。
レオ  自治体はもちろん政府も民間も来ないということで、いわき市の北部ですね。
Roni  はい。
レオ  まあやっぱりね、いくつも隊に分けていったら、ガイガーカウンターを
入手しましてね。日本中も世界中もみんな売り切れて。
で、イギリスの原子力委員会に交渉しまして23台借りてきたんですね。
それ持って行くと、やっぱり福島に入るとガーッと数値が上がるけれども、
どの程度から健康に問題があるのかという科学的数値とデータを踏まえた上で
ギリギリまで行こう、ということで。で、ゴジラ隊というのでね。
もう今年一年の文化、芸術、スポーツ、ほとんど全部を、関係の皆さんに申し上げたら、
皆さん賛同して、今年は中止して復興の方にあたろうということで実行してます。
その理由は、阪神大震災の時にね、震災に遭ってから3日目に関東から最初に来た
救援物資のトラックが、私の編成したトラック隊でね。その後12日間おりまして。
ま、そういうんで阪神大震災の経験があるんで、
僕も敏速な行動になった、と。
Roni  はい。皆さんも、あの、それぞれね、自分ができることっていうところで、
レオ  おっしゃる通り!
Roni  まあ自治体とかでも救援物資を受け付け始めたので、
「そこに持ってった」または「送った」という方も多いと思いますし。
中には、TOSHUさんのように、ボランティア団体を組んで自ら行った、
という方も多いと思いますが。実はですね、東日本大震災が起きる以前に、
これまでオンエアしていたものっていうのは収録をしておりまして。
これがだいたい、ぶっちゃけ言いますと月一、月二ぐらいに収録をしていまして。
「先週までのテンションと、RoniさんもTOSHUさんも随分違うじゃないか!」と
お思いじゃないかと思うんですが。
ま、実はそのNACK5は、あの震災以降も収録したものをこうオンエアしていたので、
それ以降、私とTOSHUさんも初めて会いまして。
この番組で東日本大震災について触れられたのが、今日初めてということで、
冒頭にTOSHUさんからのお言葉というか、ちょっとありましたけれども。
それよりはってことで、ま、ちょっとTOSHUさんに語っていただいたワケですけれども。

分かち合う心を、今こそ!

Roni  はい。皆さんもね、いろいろなことあったと思いますけどね。
レオ  ここで、私一言、言いたいんですけれど。
ラジオ聞いてる方の友人知人、親戚縁者で直接被災された人いると思うんですけれど。
「がんばりましょうね」とか「なんかあったら言ってくださいね」とかね、
「困難に負けないでね」って言ってもね、実際、阪神大震災で被災を受けた人に聞いてみると、
こういう時にはどういうふうになっているかというと、3つの心理があります。
肉親を亡くした時と同じ。それはまず、ショックです、衝撃。
「家がなくなった」「両親が亡くなった」「おばさんが亡くなった」
「友人が亡くなった」っていうその衝撃ですね。
その次は、「悲しい」という、その悲劇。悲しみの心に沈む。
3つ目はですね、喪失感なんです。
「長年一緒にいたお父さんに、もう再び会えない」「ずっと住んでた家がもうなくなった」
「財産もなくなった」「工場も、会社もなくなった」というと喪失感。
この3つに今襲われている時です。この衝撃と悲劇と喪失感と3つある時っていうのは、
時間が解決するしかないんですね。
Roni  はい。
レオ  その時間の解決していくものを、我々がどういうふうに向かっていくかって
いうとね、結局、阪神大震災を受けた人の気持ちはどうかというと、
そういう状態の時に「がんばりましょうね」とか「なんかあったら言ってちょうだい」だとか、
それから「困難に負けないでね」とかいう事はね、みんな素通りしていくと。
何が一番心に響いてありがたかったかというとね、
「辛かったでしょうね、いやー辛かったでしょう。怖かったでしょう、悲しかったでしょうね」
っていう一言で、ずーっと普通でいた人も、ワーッと泣く。
Roni  そう、あの、分かち合うっていうのがすごく大事だと思うんですよ。
レオ  そうなんです。
Roni  買い占めとかもいろいろあったじゃないですか。
あれも、結局、分かち合ってないからそういうことになってしまうワケじゃないですか。
「がんばって」なんて言う前に、
まずその連れ添ってあげるじゃないですけど、
レオ  そうそうそう。
Roni  共に分かち合うっていうね。それを私も、すごく言いたかったんです。
分かち合う、分け合う。これを、ちょっと忘れないでいただきたいなと思います。
レオ  そうですねえ。
Roni  で、そういう意味でいうと、TOSHUさんと私でこうやってなんかちょっとね。
ま、TOSHUさんなんか誰よりもパワフルですから、そのパワーを分かち合う、
分け合うことができたら、この番組を通して続けていきたいと思いますので。
レオ  そうですねえ。
Roni  共にいきましょう!

熊谷育美さんが伝える、気仙沼の今

Roni  さあ、『レオナルドTOSHUの遊びがNight』、実はこの番組は生放送ではなくて、
もう皆さんおわかりだとは思いますが、収録してお届けしていまして。TOSHUさんと私が
こうやって改めてお話をするのは、あの東日本大震災以降初めて、になるわけです。
で、私Roni、TOSHUさん、そして番組をお聞きの皆さんも、この東日本大震災の
被災地の方の中で、縁があるというか、スタジオにも直接来て私たちもお会いした方で
ちょっと気になってる方がいまして。実は電話をつないでいますので、TOSHUさん!
レオ  はい。
Roni  ここで呼びかけてみたいと思います。
もしもし!
熊谷  あ、もしもーし。
Roni  ご無沙汰してます、Roniです。
熊谷  ご無沙汰してます、お久しぶりです。熊谷育美です。
レオ  ああ、お久しぶりです。
Roni  熊谷育美さんです。あの、TOSHUさんも、今ここに一緒にいますけれども。
レオ  まずは、本当にご無事でよかったですね。
熊谷  はい、ホントにびっくりしましたけど。
Roni  育美さん、今、どちらにいらっしゃいますか。
熊谷  今、気仙沼にいます。
Roni  っていうことは、えーと実家の方に戻っている?
熊谷  そうですね、はい。
Roni  あの3月11日、今ちょっとTOSHUさんもね、
その時のことを振り返っての新聞読んでますけども。
えっと、あの時はどこにいましたか。
熊谷  3月11日は、サンドイッチマンさんのテレビのロケに参加をしていて、
もう、すぐ気仙沼港っていう海の近くにいたんですよ。
Roni  はい。
熊谷  で、ロケが終わって「お疲れ様です」って言った直後ですね。
信じられないというか、もう立っていられないくらいのものすごい揺れが始めにありました。
Roni  はい、うーん。で、その地震があって、それからどうしましたか。
みんなでどこかに避難しようっていう感じだったんですか。
熊谷  そうですね。割と私が住んでる気仙沼もそうなんですけども、
地震が多い地域で、あと海に近いっていうこともあるので、
「地震が来たら津波が来るかもしない」っていう意識は、常に持ってるんですね。
レオ  なるほど、うん。
熊谷  で、今回、ものすごい揺れだったので、すぐサイレンも鳴ったので、
「とにかくもう高台に逃げるぞ」っていう感じで、私のスタッフの方たちと車で、
私の自宅が高台にあるのでそっちの方に、もう急いで逃げました。
レオ  なるほど。
気仙沼は僕らも14日から、トラック、4トントラックとか、
ゴジラ隊っていうので東京から、発生3日目からね、物資を届けに行ったんですよ。
熊谷  ああ、そうですか。
レオ  気仙沼の所に通れるまでに時間かかりましてね。20日ぐらいになって
ようやく道が通ったんで、
東京から行きまして、仙台を経由して。
熊谷  あ、ありがとうございます。
レオ  そしたら、もう気仙沼に入った時から街がホントに無くなったと同時に
がれきの巣みたいになってね。それでも、やっぱりね、密かにそこにみんながいて。
でも一番困ってるのは、まずガソリン、灯油。
それから、私の売ってるキティちゃんのうどんだとか、
おでんだとかね、動くコンビニエンスストアみたいにね。
あと老人性オムツ、子どものオムツ、生理用品とかね、下着とか、電池・乾電池。
でも一番多くはガソリンと灯油、持って行きましたから。
ものすごく喜ばれましてね。
熊谷  ホントにありがとうございます。
Roni  どうですか育美さん、今その気仙沼にいて、TOSHUさんがその実際に
救援物資で持って行った物っていうは、実際にやっぱ必要ですか。
熊谷  そうですね、ホントにおっしゃる通りで、日に日に状況が変わってきていて。
必要とされている物も確かにちょっとずつ変わっていってるんですが、やっぱり
皆さん、一日一日ものすごく必死なんです。あの、まだ寒いので。
レオ・Roni  うーん。
熊谷  何て言うんだろうな、ホントに日は経ってきましたけど、
ここから更に長期戦になるなと思っているので、一日一日、
これからも引き続きご支援いただければ嬉しいなと思ってます。

孤立した地域の方々にも物資を!

Roni  これもちょっと収録なので数日空いちゃうんですけれども、
例えば、今日いま、すごくみんなが「これがあったらなあ」って思う物って何ですか。
熊谷  えーと、そうですねえ。あの、避難所…各所に避難所があるんですけれども、
そちらの方にはものすごく物資がたくさん届いていて、皆さん「すごくありがたい」
っていう声を聞くんですけれども。
孤立している、自宅で避難している方っていうのが、
けっこういらっしゃって、例えば逃げた時にお金を持って逃げなかったとか、
あとお年寄り、歩けないお年寄りの方が親戚の家に身を寄せているパターンもあって、
なかなかそちらの方に、食べる物とか行き届いてない所が実際あるみたいなんですね。
レオ  そうですねえ。
熊谷  だから、そういう孤立している地域の方にも、
ちょっとずつ目を向けていただけたらホントに嬉しいなと思います。
レオ  あのねえ、僕らも5つぐらいの隊に分かれてね、
コントラバス、ブラックバス、ブットバスっていう28人乗りの小型バス作りまして…
Roni  育美さん、あの、バスの名前なんですよ。
レオ  コントラバスは、ホントにコントラバスっていう楽器がね、上に乗っかってる
28人乗りのバスで、ブットバスは仏さんの頭が8つくらい乗っかってる改造車なんですね。
もう一つは、ブラックバスってホントに馬鹿でかいブラックバスがあって、シッポが
電気で動くんですね。それをこう行くと、みんな「何だ、何だろう?」と思って。
熊谷  へえええ。
Roni  アハ(笑) イメージできます?
熊谷  なんか、想像するとモノすごい形が…
レオ  それと、コントラバスっていうのはお手手と指がついててね、揺れとともに
コントラバスのお手手と顔が動くようになってるんですね。
そのコントラバスをね、
8人乗りのマイクロバスが行くとね、
「何だ、何だ何だ?」って寄って来るんですねえ。
熊谷  えー、すごいですね。
レオ  そこで孤立されたりしている人をどうやればいいかというと、「何だ、何だ」と
Roni  集まって来てくるんですよね。
レオ  家から出てきてね、「お困りならガソリンありますよ、灯油もありますよ、
ラーメンもお水もありますよ」と言ったら、「ありがたい、ありがたい」って。
目指すもののバスがいるとね(笑)
Roni  みんなに目印になりますもんね。
熊谷  そうですね。
レオ  家からゾロゾロ出てきてね、
その人に動くコンビニエンスストアみたいにして何でもあげて。
だから、救援物資ももちろん届けるんですけれども、
今おっしゃるように孤立した所はね、どこにあるかわかんないんですね。
熊谷  そうですよね。
Roni  一軒一軒回っていくのも、アレですもんね。
レオ  そう。昔あったロバのパン屋さんみたいにね、音楽流して面白いものが来たら、
「何だ?」って言って家から出てこられるんで、「皆さんどうぞ」という。
そういうふうに僕ら考えてね、何とか孤立してる所にお届けして。一人か二人かいるとね、
15分ぐらいで奥様方のご近所のネットワークがあって、サーッと寄ってくるんですよね。
熊谷  実際に私もやっぱり現状を見ると、そういう所、一軒一軒お家が残っている所に、
皆さんでいらっしゃるっていうところもあるんだなと思いますね。
レオ  人海戦術がいますね、人手がいりますね。

アーティストとして、若者としてできること

Roni  育美さんご自身は今、地元の気仙沼に戻って、日々どんな感じで過ごしてますか。
熊谷  そうですね、やっぱり最初は、ほとんど港に面した町が壊滅してしまったので、
すごくショックで、もう信じられなくて、何回も町を見に行ったりしてたんですけど。
でも、なんかそれから逃げずに、今私の目にしっかり焼き付けておくっていうのも
すごく大切なのかなと思って、
レオ  なるほど、なるほど。
熊谷  だから、まあ、がれきが両脇にある道を自分の足で歩いたりとか、
ホントはなんか写真とかも「撮っていいのかな」とかって最初は思ったんですけど、
これはもうやっぱり私たち若者が受け継いでいかなきゃいけないから、
Roni  伝えていかないとね。
熊谷  やっぱり、逃げずに現実と向き合うみたいな毎日を送っています。
レオ  なるほど!
Roni  あの、これからのことって聞くのはすごく酷だとは思うんですけれども、
今そういった「忘れないでいよう」「焼き付けておこう」と。そしたらその焼き付けた物を
ホントに伝えていかなきゃいけないじゃないですか、この世代が。
熊谷  はい。
Roni  育美さんとしてどうやって伝えていこうかなっていうのは、考えてますか。
熊谷  そうですね、あのアーティスト・熊谷育美として、そういうことを広めていく
っていうことはもちろんなんですけど、やっぱり自分も気仙沼市民の一人なので、
同級生だったり、残り少ない地元の若者の人たちとホントに手を握り合って、
皆さんが代々作ってきた歴史っていうのをしっかり受け止めて、
「私たちの若者に何かできることはないかな」と、今必死に模索しているところです。
レオ  なるほど。去年、確か市の港、気仙沼大使になられましたよね。
熊谷  はい、そうです。
レオ  「気仙沼から世界へ」のキャッチフレーズでね。
熊谷  そうですね。
レオ  なかなかあなたも新しい曲を作ろうとか、
クリエイティブな方に気持ちが向かってこないでしょう?
熊谷  そうですね、ホント、正直そうでした。あの、やっぱり本音をお話しすると、
最初はもう歌なんか歌える状態ではなくて、
なんかガクッて感じだったんですけど、
日が経つにつれてっていう感じで、「自分自身も立ち直っていかなきゃいけないし、
前を向いていかなきゃいけないんだな」と。
ホントに皆さんから、逆に勇気をもらってます。
レオ  なるほど。これはやっぱり時間の薬ですね。だから、あせらない。
あせらないでいくっていうのが、こういう時の過ごし方としていいんじゃないかなと。
Roni  うん。私もTOSHUさんも、ここで待ってますので。
熊谷  あ、ホントに心強いです。
レオ  また来ていただきたいなと思いますよね。
Roni  そうですよね。その前に、もしかしたらTOSHUさんのすごいバスが、
育美さんちの近所の方にも行くかも知れませんが。
レオ  コントラバス、ブットバス、あとあのブラックバスで。
ちょっとブラックバスは、今エンジンが故障してますけどね、
コントラバスはあの辺りウロウロしてますので。
Roni  ので、ま、どっちが先かわかりませんけれども。
熊谷  はい。
Roni  あの、私たちはここにいますので、
じゃ、ゆっくり待ってます。
レオ  そうですねえ。
熊谷  ありがとうございます。
Roni  はい。じゃ、また会える日まで。
熊谷  はい。
Roni  ありがとうございました。
熊谷  ありがとうございます。がんばります!
レオ  どうも、どうも、どうも。
Roni  はい。気仙沼市在住のシンガーソングライター、以前番組にもゲストで
来てくれました熊谷育美さんでした。

 〜(曲)熊谷育美「雲の遥か」〜

熊谷さんとの再会を約束して

Roni  さ、TOSHUさん! 育美さんとさっき電話でお話ししましたけども、
ま、これからの歌っていうのはまだ時間がかかるかも知れませんが。
実は、新しい歌というのが生まれていたんですよ。
レオ  なるほど。
Roni  はい、それを今お送りしました。今月20日にリリースされます。
これがまた、あの今だからこそ響く歌じゃないかなと思います。
ぜひ、リリース後、また改めて手に取ってじっくりと感じてみてください。
お送りしたのは熊谷育美さんで「雲の遥か」でした。
さあ、TOSHUさん、熊谷育美さんもね、今はまだいろいろとあると思いますけれども、
また会える日…
レオ  またここにね、お呼びして、
Roni  ですよね。
レオ  うん、しばらく時間が経って…その思い出とか、あの体験がね。
いわば、その衝撃と悲しみと喪失感。でも、ホントにみんなご家族もご無事で、
高台にあったんで助かって13人ぐらい家に来て、で生活したっていうんで。
Roni  はい。
レオ  いや、その現状を目の当たりにした人が少し時間経ったら、
それをどういうふうに糧に変えていったんだろうかをぜひお聞きしたいですねえ。
Roni  はい。というわけで、また会える日があると思いますので、
楽しみにここで待っていたいと思います。
では、また来週お会いしましょう。『レオナルドTOSHUの遊びがNight』、お相手はRoniと、
レオ  レオナルドTOSHUでした!

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2012年6月7日更新しました。 twitter携帯のツイッターはこちらのQRコードから トップページに戻る 最新情報 レオナルドTOSHUの命名エピソードについて このサイトだけでお楽しみ頂けるレオナルドTOSHUのお話と映像 レオナルドTOSHUの遊びがNightラジオ番組情報 NACK5のサイトでラジオ番組音声をお楽しみ下さい レオナルドTOSHUの活動・作品のご紹介 皆様からのメッセージ
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詞・曲 深見東州  編曲 知野芳彦

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