レオナルドTOSHUの「遊びがNight」 FMラジオ《NACK5》にて毎週土曜日10:30pmより放送中!



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2011年5月7日 「ゲストは岸田敏志さん」 その1




ゲストに、歌手でもあり俳優でもいらっしゃる、岸田敏志さんをお迎えしました。岸田さんの役者としての代表作の一つでもある「1年B組新八先生」にちなみ、TOSHUさんにとって一番印象に残っている先生の話を聞きました。

クリックすると、番組の音声をお聞きいただけます
NACK5詳しくはこちら


「今日のTOSHUさん」 by Roni


Roni
1年B組し〜んぱ〜ちせ〜んせ〜い!と言えば?
そう!岸田敏志さんが来て下さいました。
「渡鬼」では、幸楽の健治さんでお馴染みですね。
ゴルフに釣りと、TOSHUさんと趣味がモロかぶりでTOSHUさん、
岸田さんを帰さない勢いで話し込んでました。
そして、生歌。「Peace for the Children」。
心から感動しきっていたTOSHUさんでした。岸田さん。
またお会いしたいです。
18日〜麻布十番で備前焼の作品展があるとのこと。
行ってみようかな。



歌手、俳優として長いキャリアを持つ岸田敏志さん
あの名曲や当たり役の裏話も飛び出します



岸田 敏志さん プロフィール
1953年4月18日生まれ。岡山県出身。
1976年「蒼い旅」で歌手デビュー。
1979年ドラマ『愛と喝采と』で俳優としてもデビュー。挿入歌の「きみの朝」が大ヒット。
『1年B組新八先生』『渡る世間は鬼ばかり』に出演、
またミュージカルでも数々のステージを踏むなど幅広い分野で活躍中。
6月19日から全国5ヵ所を回るコンサートツアー2011がスタート。
備前焼の陶芸家としての一面も。
岸田 敏志さんオフィシャルサイト http://www.kissy21.com/index.html



学生時代、最も印象に残る先生は?

Roni  TOSHUせんせ〜い!
レオ  ナンだらホイ?
Roni  ナンだらホイ…(笑)、懐かしいな。今日はですね、TOSHUさん。
レオ  イエス。
Roni  先生がいらっしゃるんですよ。
レオ  なるほど。
Roni  『1年B組新八先生』の新田八郎太先生…役をやってらした岸田敏志さん。
レオ  というと、あのー、モーニング、モーニング、モーニング娘。
モーニング、モーニング、モーニングサービス、何とかの朝を歌った人でしょ。
Roni  「きみの朝」。
レオ  「きみの朝」ね。
Roni  はーい。この後お迎えしますが…すごいですよね。
レオ  あのー、あの歌はステキな、ピュアな、ものすごくいい歌ですね。
Roni  ね。はい。
レオ  僕もあれを覚えてね。
レパートリーにしようと思ったんだけどね、
ちょっと知っている人と知らない人が極端に分かれるんで。
Roni  年代によってもね、またね。
レオ  でもね、いつの日か歌ってみたいと思っていますね。
Roni  そうですか。じゃあ、この後そんなお話も出てくるかもしれませんが。
レオ  そうそう、はいはい。
Roni  先生といえばですね、
私も今、TOSHUさんのことを、「TOSHUせんせ〜い!」って言ったように、
先生と呼ばれることも多いTOSHUさんですが、
その前にTOSHUさんにとっての先生もいたわけじゃないですか。
レオ  いっぱいいますよ。
Roni  今日はですね、そんな先生、について、お題をいただきました。
レオ  あ、そう。
Roni  作家のメガチンから。
レオ  なるほど。
Roni  「今日は新八先生を演じた岸田敏志さんがゲストということで、
お題『先生』でお話をお願いします」ということで。
レオ  なるほどね。
Roni  「学生時代、たくさんの学校の先生に何かと教わったことがあるはず。
もっとも印象に残る先生はどんな人でしょうか」ということで。
レオ  僕にとってはね、何と言ってもね。
Roni  もっとも一人。
レオ  高校受験の時の、中3の担任の先生でね、ミウラキヨシさんという先生で。
Roni  ミウラ先生。
レオ  うん、これがもう、僕の人生で一番記憶に残っている先生ですね。
Roni  どんなところがですか?
レオ  それまでね、あの、勉強というのは、僕ね。太陽のような成績だったんですよ。
Roni  えっ?
レオ  サンサンサン(3、3、3)という。
Roni  うぉーっ!
レオ  5段階でね。
Roni  うん(笑)、真ん中で考えていたんですね。
レオ  うん、そう。
「やってきなさい」ということは、「ハイ」ってやるんだけど、
それまでは「予習をしなさい」とか「復習をしなさい」とか「勉強をしなさい」とか、
先生が言ったことがないんですよ。
やってきなさいという宿題はちゃんとやるんだけど。
Roni  はい。
レオ  それだから言わないものは何もしなかった。
それだけ素直だったんだね。だからまあ、成績も普通ですよ。
Roni  うん。
レオ  ところが高校受験になった時に、ウチの父親が政治家を目指してたんで、
このままなら、まあまあの、普通の、公立ですよ。
Roni  はい。
レオ  だけど、父親が怒ってね。
「バカモノ、お前、そんなワシの選挙区外のところの学校に行かせるかーっ!」って言って、
「選挙区内の学校に行けーっ!」ということで、
言うことを聞かないと、母親がいじめられるんですね。
上位170番以内に入らないといけないということで、
あと100人くらい追い越さなきゃいけなかった。
Roni  おおっ!
レオ  それでたまたま、担任の先生だった英語の先生で。
私の中学でね一番いい先生と言われていた、そのミウラ先生が、
母親が頼みに行ったら、
「半田くん、来なさい」って言ってね。
「君ね、急にね、勉強しようと思ってもできないでしょ。今まで勉強する習慣がないんだから」
「はい」
「だから、常に机の前に座って、ご飯を食べるのも、テレビを見るのも、何をするのも、
全部机の前の椅子に座って生活するところからやらないと、
勉強というのはできないんだよ」って言われて、
「はぁーっ?」って言って。
そんなことを言われたって(母親に)言って、
先生に言われたとおり、ご飯も、常に机で、母親にお盆に入れてもらってね。
Roni  うん。
レオ  ご飯食べると、出したら母親が片付けて、
またご飯になったら、机に載せて、ご飯食べて。
特にテレビも見たいとは思わないんだけど、先生が言ったから、
ちゃんとテレビも見なきゃいかんと思って、机の上に置いて、
ずーっと椅子に座って、机の前で見るというのをやり続けたら、
3時間でも4時間でも5時間でも、椅子に座ることができたのね。
Roni  ほぉ。
レオ  ミウラ先生に言われて初めて、机に向かって、椅子に座って、
そして、勉強する、本も読むということを、しつけられてね。
Roni  はい。
レオ  それから「半田くん、これ聞きなさい」って。英語の先生だから。
日本語のセンテンスだったら英語で。毎週、センテンスを10個、覚えて行かなきゃいかん。
職員室に行って、ミウラ先生が日本語で言ったら、英語でペラペラペラって。1個でも忘れると、
「半田くんね、私は特に、君が落ちたって、何も悲しくない。困るのは君だけなんだからね」って。
Roni  うーん、うん。
レオ  それで最後は、「半田くんね、君が合格したら、全員合格するんだ」ってね。
「アンタが合格したら、全員、ウチの中学校は、県立鳴尾高校に、ね、合格する」と。
「だから頑張れ」。
あ、そうか、僕が頑張ったら、みんなが通るんだって、
そういう意味じゃなかったんだけどね。
Roni  うんうん。
レオ  先生がそう言ったから、勉強して、勉強して、少しずつ上がって行って、
160番以内なら行けるんだけど、170番。あと10人。
「大丈夫かな?」、だけど通って、合格してね。
そうしたら、高校の最初の模擬テストで真ん中くらいだった。一番ビリかなと思った。
で、ミウラ先生のところに行って、
「ミウラ先生、最初の模擬テストでね、
僕、ビリかと思ったんですけど、真ん中くらいでした」
「それはそうでしょ」
「えっ?」
「君は絶対通ると思っていたよ」って。
Roni  ええーっ?
レオ  「あまりにも素直なんで、甘やかすとすぐこのコは安心して遊ぶと思うから、
先生が最後まで脅かし続けていたんだよ。でもこんなに素直で真面目なコだから、
絶対このコは通ると思っていたんだよ」ということを、その時に言われてね、
「へぇ?そうだったんだ…」って思ってね。
その時にミウラ先生という人の愛情を感じてね。
Roni  うん。
レオ  ミウラ先生が与えた、僕の一生への影響っていうのは、ものすごく大きくて。
Roni  受け継がれていますよね。
レオ  私の(経営している)予備校もそれでやっているんですね。
Roni  へぇーっ!
レオ  あのね、僕は先生に関して言えば、予備校でも塾でも家庭教師でも学校の先生でもね、
愛情のある先生っているじゃないですか、ね。
Roni  うん。
レオ  これはいろいろな物語の、金八先生でも、新八先生でもね。教育者として考えた時にね、
生徒に対して本当に愛情がある先生ってどんな先生かと考えたらね、
教え方が上手な先生、これが本当の生徒に対する愛だと。
だから愛情、パッションはあってもね、その愛情が教え方のうまさというところに、
やっぱり工夫され、研究されていないとね、生徒というのは、その学科は嫌いになっちゃう。
教え方がものすごく上手で、かつまたね、フレンドリーでいい先生というのはわかるんだけどね。
Roni  この後お迎えするのは、『1年B組新八先生』
レオ  ああ、そうか。
Roni  …だった、岸田敏志さんですが、その先生のお話も飛び出すかもしれませんね。
レオ  そうですね。
Roni  さあ、今日はですね、作家・メガチンから、『先生』というお題をいただきましたけれども、
番組では皆さんからのお題も募集しています。
レオ  なるほど。
Roni  もう、ホントに、カンタンでいいんです。気軽に送ってください。


岸田敏志さん、登場!

Roni  さあ、『レオナルドTOSHUの遊びがNight』、もう、ちょっと、ねえ。
岸田  いや、もう。
Roni  スタジオに入っていただいてから、
もう、TOSHUさんとのすごい話が進んでいますが。
レオ  ゴルフ誘えば断りきれない、釣りが好き、焼き物をやっていると3つ揃えば、もう。
岸田  アハハハ(笑)
レオ  愛さずにはいられないじゃないですか。
Roni  そうですか。
レオ  肉体以外の部分をね。
Roni  あ、肉体もぜひ(笑)、はい。来ていただいたのは、この方です。
岸田  はい。どうもこんばんは、岸田敏志です。
Roni  はい。
岸田  よろしくお願いいたします。
Roni  もう、スタジオに入ってきてから、
TOSHUさんが食いつくようにもう、グイグイ攻めて。
岸田  話題がドンドン、ドンドン、広がるんで。
Roni  ねえ、はい。
レオ  和ダイとマダイっちゅうのはね、
岸田  ああ、言えてますね、
レオ  やっぱり瀬戸内海ですね。
Roni  完全に釣りの話ですね。
レオ  そうそうそう。やっぱりね、瀬戸内海のタイが一番美味しい。
そりゃあ、そうでしょ。
岸田  あのー、もう絶対にそうですね。
レオ  絶対そうよ。
岸田  はい。
Roni  さっそく、これは釣り番組に入れ込んでいる感じですね。
あの、もうTOSHUさんの中では、岸田さんと言ったら、
ゴルフ、釣り、備前焼というところで、もうすごい、お話したいところもあるみたいですけれども、
私からすると、やっぱり俳優であり、歌手であり、
舞台のほうも活躍されていて。
実はウチの母がですね、岸田さんのファンだって。
岸田  あ、何かテレビを見ていますね。
Roni  みたいですね。
岸田  アハハハ(笑)『渡る世間は鬼ばかり』とか。
Roni  はい。そうなんですよ。「幸楽」の健治さんですからね。

ヒット曲には、何か温かなものがある

Roni  「渡鬼」以外のところで、じゃあ、例えば岸田さんというと、TOSHUさん、
さっきのゴルフとか以外のイメージだと。
レオ  いーや、あの、「きみの朝」、あの歌が。
岸田  そうです、そうです。もうでもー、30…2年くらい前になりますかねえ。
Roni  はい。
レオ  全然、僕もね、なにも、知らなかったですよ。
Roni  79年ですもんね。
レオ  ロリコンチャート、ちがう、オリコンチャートのね。
Roni  もとい、ですね。
レオ  そうそう。
だけど、全然知らなかった。僕は。
今はずーっと、いろんな歌を歌うようになってきて、
みんなが「こんな歌がいいよー」って言って、
私が好きな歌という時に、岸田さんのね、あの歌が。
岸田  ああ、そうですか。
レオ  「ああ、これはいいね、いつの日か歌ってみたいなー」ということで。
岸田  ありがとうございます。
レオ  歌おうと思ってね。
レコードを取り寄せて、何回か聞いてるんですよ。
岸田  ええ。
Roni  この「きみの朝」の大ヒットというのはね、
もうホントに、みなさん、ご存じかと思いますけども。
レオ  ピュアな、ホントにね、温か〜いね。
だからやっぱりね、ヒットするのは、あのミスチルの「イノセントワールド」でもね、
「イ〜ノセントワールド♪」って、何か変な詞だなと思うんだけどね、
やっぱり、温かい、ジーンと来る。
あの青山テルマでもね、やっぱり温かいなというものがヒットしますよね。
Roni  すみません、今、TOSHUさんから青山テルマというのが、びっくりしたんですけど。
岸田  アハハハ(笑)
Roni  知ってた?
レオ  知ってた。
Roni  よかった、よかった。
レオ  時代がもうね、行き来するでしょ。
Roni  なるほどね。
いや、ちょっとびっくりしたっていうね。
レオ  やっぱり温か〜いものが、やっぱりないと、あれだけヒットしないですよね。

「きみの朝」誕生秘話

岸田  ああ、そうですね。やっぱりヒット曲というのは、
自分たちで作って、出せば売れるという物じゃないですからね。
レオ  それはやっぱりね。
岸田  何か…そう。
レオ  時代の人たちのね、何かに来るものじゃないとね。
岸田  ええ、そういうことですね。
Roni  あのその、歌手である岸田敏志と、役者っていうのは、
どっちが最初だったんですか。
岸田  最初はもう完全に歌手です。
我々が出た頃というのは、当時、フォーク、フォークソングと言われていた時代でね。
フォークロックというジャンルが、流行り始めたっていうような中で、
僕たちの時代っていうのは、叙情派フォークっていわれた…
Roni  はい。
岸田  時代、なんですけど。
レオ  ほぉー、叙情派フォーク。
岸田  はい。で、まあ、ニューミュージックってよく、今、聞くでしょ。
Roni  はい。
岸田  あのニューミュージックっていうのは、
CBSソニーレコードの営業的な部分で(笑)、言ってたら、
それが一般に広まっちゃったというようなことなので、
「ニューミュージックに属しています」って言っても、
じゃあ、どこからどこまでがニューミュージックなんだって言っても、
誰もよくわかんないんですよ。
Roni  ああ、はいはい。あー、確かにすごく大っきい、ですよね。
岸田  大っきくて、だからニューミュージックって言われながら、
コンサート活動ばっかり、ずっとしている間に。
Roni  ああ、もう年間200本とかされていたんですよね。
岸田  はい、やっていました。
レオ  年間200本?
岸田  はい。で、まあ、たまたま、ウチの事務所だった、
ヤングジャパンという事務所だったんですけども。
Roni  はい。
岸田  そこには、アリスとか、バンバンとか、海援隊とか、ていうのがいまして。
同時期に割とわぁーっと、こう、来た瞬間があるんですね。
Roni  はい。
岸田  そういう時に、コンサートから帰ると、
事務所がもうどうなっているのか、全然わからないというような時代でしたけれども。
Roni  はい。
岸田  そういう時に僕にドラマの出演依頼みたいな。
ていうのもね、歌手を育てるという業界モノのドラマを
Roni  おぉーっ
岸田  …という話だったんですよ。
レオ  ほぉーっ…
岸田  それで、十朱幸代さんが、道端で歌っている僕を見つけて、売っていこうと。
ということで、渡瀬恒彦さんが作曲家で、恋を絡めながら(笑)
…というようなドラマがあったんです。(『愛と喝采と』TBS)
Roni  ええ。
岸田  そのドラマに僕が出て、「きみの朝」が、まあ、ヒット曲だということで、
やったことによって、まあ、全国に名前を知ってもらえるようになったと。
レオ  なるほど、そういう背景があった。
岸田  それで、まあ、その時にドラマに出たんですけれども、ドラマったってねぇ。
「セリフ、できませんよ」っていう話をしたら、
「大丈夫、うなずくか歌っていれば大丈夫だから」(笑)みたいな…アハハハ。
レオ・Roni  アハハハ(笑)
岸田  十朱さんたちが、ばぁーッと長いセリフを言って、
「そうだよね、吾郎くん」って言ったら、「ええ」とか。(笑)
レオ・Roni  アハハハ(笑)
岸田  「はい」とか言ってりゃあ、大丈夫だから、みたいな。
そういうドラマだったんですけど。
それで出たおかげで、そのすぐあとに、あのー『1年B組新八先生』というね。
Roni  はい。
岸田  これはもうちょっとねぇ、
あのー、「僕は歌手だから」という逃げ道がまったくなかったですから。
Roni  ううーん。
岸田  ホントに役者としてやらないと、セリフも膨大だし。
Roni  はい。
岸田  というような時代で、まあ、役者の部分というのを覚えていったっていう感じですね。
Roni  ふーん。テレビでいうと、私もなんか、いろんなドラマで、こう、拝見していて。
その、役によっても、ホントに、すごい怖くなったり。
岸田  はいはい。
Roni  こう、ピシっとなったり。
で、今、お会いすると、すごく柔和で。
レオ  そうそう。
岸田  アハハハハ(笑)
Roni  それこそ、こういう先生がいた、いて、ホントに自分が教わっていたら。
なんか、こう、いいなーっていうのは、思いますよね。うーん。


親族一同、ほぼみんな先生という環境で育って

岸田  ウチのね、親族といいましょうかね、一族がね、
学校の先生ばっかりなんですよ。
レオ・Roni  はい!
岸田  もう、学校の先生しか知らない一族で。
ウチのオヤジ、9人兄弟なんですけど、その9人がほとんど。
レオ  9人兄弟。
岸田  ええ。あのー、ほとんど、夫婦で教師をやっていまして。
Roni  へぇー!?
岸田  で、いとこが30数名いる中の、現時点でも20数名、教師をやっている。
Roni  すっごぉい!
レオ  すごいな、それは。
Roni  え、じゃあ、その中で岸田さんって、異端…ですよね?
岸田  え、そう、そう。
いや、だから僕も本当は、学校の先生になるべく、
京都教育大学っていうところに行って。
単位を、ま、一応取っていますけどね。
レオ  学科は何ですか?
岸田  僕は体育です。
レオ  ほぉー。
岸田  保健体育。体操の先生。
Roni  はい。
岸田  で、本当だったらば、岡山に帰って、学校の先生になっているはずだったんですけど。
レオ  なるほど。
岸田  なんか知らない間に、こんなことになって。
Roni  違う形で先生にはなりましたねえ。
岸田  そうそう。もう、その時に初めて、僕のオヤジや親戚のおじさんたちがね、
新八先生をやって、初めて何か、許してくれたみたい(笑)
Roni  アハハハハ(笑)
レオ  「やっぱりお前は学校の先生なんだ」という。
岸田  えー、もうホントね、「この世界に入るんだ」って誘われて、
「あのー、レコード業界に」って話をしたら、
もう、オヤジからオフクロから兄貴から、「何考えているんだ」と。
Roni  まあ、そうでしょうねぇ。
岸田  そんなの成功するわけがないじゃないかと。
で、もう、いたたまれなくなって、京都の下宿に、正月に早々と帰っていたら、
親戚のそのおじさんから電話がありまして(笑)
「ちょっと聞いたんだけど、お前、変なことを考えているらしいな」って言ってねえ(笑)
もうそれくらい、もう、なーんかねぇ。
レオ  京都のどこにいたんですか?
岸田  京都は、伏見の学校のすぐそばに下宿していたんですね。
レオ  ああ、なるほど、なるほど。
岸田  その下宿に電話が掛かってきたというねぇ、
まあ、それっくらい、何か、悪い世界に引きずり込まれるような(笑)
ニュアンスがどうもあったらしくてねぇ。
Roni  へえーっ。
岸田  それが新八先生をやることによって。
「ああ、ちゃんとやってるじゃないか」と。
Roni  うーん。
岸田  ということに…(笑)
レオ  バーチャル空間の中の先生だけどね(笑)
Roni  でも、何かその、学校の先生ではない部分で、音楽を通してとか、舞台を通して、
たくさんの人にいろんなことを教えてくださっていますもんね。
レオ  そうだよねー、うん。
Roni  じゃあ、こうやってラジオから、またみんなに、
学校の先生とは違う形でいろんなことを、届けてくれている岸田さん。
岸田  はい。
Roni  やっぱりラジオなんで。
音楽でここで何かみんなに発信してもらえれば、と思いますので。
岸田  はいはい。
Roni  今日、一曲、何かお届けしてもらえますか。はい。
岸田  えーっとね、今日はやっぱり、先ほどからね、ちらっちらっとね、
節を回してくださって(笑)いますから、僕の代表曲ですから、
「きみの朝」をぜひ聞いてください。
レオ  素晴らしい、これはねぇ。


〜(曲)岸田智史「きみの朝」〜


Roni  さあ、TOSHUさん、
改めて、岸田敏志さんをお招きしていますけれども、「きみの朝」。
レオ  うーん、いい曲だねぇ。これは。
明るくて。
Roni  はい。
レオ  ホント気があったかいよね。
Roni  ねえー。今、ラジオの前でも、一緒に歌っていた方も。
多いんじゃないかなと思いますけどもね。はい。
レオ  いるでしょうねぇ。
Roni  このあと、エンディングもぜひ、一緒にお付き合いください。
岸田  はい、よろしくお願いします。


備前焼の個展を開催。コンサートツアーもスタート

Roni  さあ、今夜の『レオナルドTOSHUの遊びがNight』は、
歌手であり、俳優でもある岸田敏志さんに来ていただきましたが。
岸田  はい。
Roni  全然アレですね。
レオ  はあ?
Roni  釣りの話、ゴルフの話、できなかったですね。
レオ  全然できなかった。
岸田  アハハハハ(笑)
Roni  来週も来てもらいませんか?
レオ  ナンなんだそれは?
岸田  あ、ぜひちょっと呼んでください。
Roni  いいですか、はい。
レオ  ぜひ聞きたいから。
Roni  ねえ。もうTOSHUさんが、まったく物足りんワイって顔が、ねえ。
レオ  そうそうそう。
岸田  アハハハハ(笑)
Roni  はい。なので、引き続き来週も。
はい、お越しいただきたいと思います。
岸田  よろしくお願いします。
Roni  そして、釣り、ゴルフとあともう一つ、
備前焼のお話なんかもしてもらいたいなと思ったんですが。
岸田  はい。
Roni  作品展があるんですって。
岸田  そうなんですよ。5月の18日の水曜日から23日の月曜日までなんですけれども
港区の麻布十番にあります、ギャラリーモナというところで。
Roni  はい。
岸田  僕の備前焼の作品展という。ここでやるのは3回目になるんですけども。
レオ  この備前のオシャレさというのはね、日本のいぶし銀のね、渋いね。
僕は楽焼、一楽 二萩 三唐津って言ってね。僕は萩焼を自分で少しやりましたけど。
備前焼がいいなーと思ってね。
岸田  備前はなかなか面白いですよ。
レオ  それはもうねえ、だからいくつか持っていますよ。土と炎の芸術。
岸田  それと、コンサートもあるんですよ。
Roni  はい。
岸田  はい。6月の19日の日曜日。
六本木のスイートベイジルのところで。
Roni  おお。
岸田  コンサートをやります。これがコンサートのツアーのスタート、なんですけど。
レオ  どんなコンサートですか?
岸田  はい、今回はね、「日本の言葉はアイから始まる」という、
僕の歌の中にあるんですけれども。
Roni  はい。
岸田  「アイウエオ」の「アイ」ですけども、これをまあ、一つのテーマにしながら、
今回の東日本大震災復興を支援したいということで、支援ライブと銘打って。
ツアーをやります。
Roni  はい。
岸田  ぜひ。
Roni  岸田さん、以前から、こういう活動もされていますので、
また来週、またそんな話も聞けたらなと思います。
岸田  そうですね。はい。
レオ  これ、この。
Roni  え、どうしました?
レオ  お嬢さんがね。
Roni  はい、今日はここまでですよー。
岸田  アハハハ(笑)
レオ  来週、お嬢さんの話も。
Roni  みづ紀さんですね。
レオ  そうそうそう。
Roni  出るかな、来週。
レオ  カワイコちゃんという。
Roni  カワイコちゃんって、はい。
じゃあ、来週、TOSHUさん、まだ聞き足りないところ、まとめておいてくださいね、来週までにね。
岸田  アハハハ(笑)
Roni  じっくり伺いたいと思います。
レオ  お母さんに似たのか、お父さんに似たのかね、やっぱり、考えないといかんな。
Roni  じっくり見てますね。
岸田  アハハハ(笑)
Roni  じゃ、ちょっとこの写真も取り上げて、と。
じゃあ、これ来週、またじっくりお伺いしますので。
レオ  では、またね。
岸田  はい。
Roni  では、『レオナルドTOSHUの遊びがNight』、
来週も岸田敏志さんに来ていただけるということで。
また一週間後にお会いできますように。
岸田  はい、よろしくお願いします。

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2012年6月7日更新しました。 twitter携帯のツイッターはこちらのQRコードから トップページに戻る 最新情報 レオナルドTOSHUの命名エピソードについて このサイトだけでお楽しみ頂けるレオナルドTOSHUのお話と映像 レオナルドTOSHUの遊びがNightラジオ番組情報 NACK5のサイトでラジオ番組音声をお楽しみ下さい レオナルドTOSHUの活動・作品のご紹介 皆様からのメッセージ
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詞・曲 深見東州  編曲 知野芳彦

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